据物にして打て
船越義珍先生は、「据物(すえもの)にして打て」とよく言われたそうです。
 相手を動けないような状態にしてから、突いたり蹴ったりするということです。
簡単に表現すれば、空手の技とは「掴んで殴る」を高度化したものといえるでしょう。
従って、最初に習う「その場突き」が究極の戦闘法ということになります。

「その場突き」の「引き手」を腰に引くのは、そこから突くのではなく、「腰の位置へ相手の手を掴
んで引き込む」意味があります。引きつけながら突けば、相手から見れば2倍のスピードの突き
をもらうのと同じ事になり、また絶対に外すことはありません。

久保田先生によれば「突き手は、どこからでもいいから最短距離を突きなさい」との事でした。腰
の位置から突く必要はないのです。

掴むということのメリットは、
 1:相手の体制を崩し反撃をさせない。(据物にする)
 2:掴んで引きつけながら突きを入れることにより、威力が倍になる。
 3:「投げ技」や「極め技」への応用変化への導入ともなります。
 

据物にして打て PERT2
最近(平成15年8月)になって、船越先生が昭和10年に書かれた「空手道教範」を手に入れま
した。

開けてビックリ玉手箱!

この本から組手(いまでいう約束組手)が紹介されていますが、殆どが相手の手を掴んで、反対
の手で突いているものとなっています。
さらに、引手の説明では「これは掛手の変化で、相手の拳を受けるや否やこれを掴み引き寄せ
ながら攻撃するのである。相手を引くという事は敵の技を封じ、体勢を崩し、且つ我が拳の威力
も強大となるので、最も大切なことである。単に引くよりも逆に捻りながら引けば一層効果が多
い」と書かれています。

(久保田先生が言っていたのと同じだぁ・・・当り前だけど・・)
 

交差法
空手の戦闘法として一般的に知られているのが、カウンターであります。
 今まで説明してきた、上段揚受け、手刀受け、平安二段のコンセプトは受け技とカウンター攻撃
がセットになっていて、ボクシングのクロスカウンターよりは安全に使用できるようになっていま
す。
 本部朝基語録に興味深い記述があります。

受け手がすぐ攻め手に変化しなければならない。一方の手で受け,他方の手で攻めるとい
ようなのは,真の武術ではない。さらに進めば、受けと攻めが同時に行われる技が本当の
武術である。

真の唐手に対しては、連続突きなどできない。それは真の唐手で受けられたら、次の手は
出ないからである。

とあります。
 ただ、カウンター技術の殆どが上段への攻撃であり、フルコンルールでは使えません。
 また、寸止めルールでは当たってしまうために使用が難しいのと、これらの技は腰から突くわけ
ではありませんので一本は取れないと思われます。

 
人の手足を剣と思え
船越義珍先生の「空手道二十条」には有名な「空手に先手無し」も含めていろいろな教えを解か
れています。
 その中でも首里手系統らしい表現は15番目に書かれている「人の手足を剣と思え」です。

 仮想敵が示現流剣術であったとする説もありますが、その真偽はべつとしても、護身術として発
達してきたものとして当然の考えです。護身として必要な場面は、相手が素手とは限らず、武器
をもって襲ってくる場合も当然考えられるわけですから、自分の身を守るためには、「人の手足
を剣と思って練習」すべきなのでしょう。

闘争の歴史は武器の歴史でもあるわけで、むしろ素手の場合の方が少ないのではないでしょう
か。仮に相手がナイフ等の小さな武器(ボールペンでもよい)で突いてきたときに、体で受けるわ
けにはいかないのです。

このような状況を防ぐには、「確実な受け技の習得」が必要ということになります。その答えとな
るべきものは、型の中にあるのです。

 
威力の養成
型は戦い方のエッセンスを残したものです。
 従って、威力についても型に習得すべきものが隠されています。
 初伝的には、相手を掴んで引きつけながら突けばよいのですが、空手のキャッチフレーズであ
る「一撃必殺」となる威力の養成は、どうすればよいのでしょうか。

中国拳法では「発勁」という技術があるそうですが、師によれば「空手にも発勁と似たようなもの
はあります」ということでした。

その答えは姿勢(立ち方)、歩法にあります。
 ヒントは、空手の型の歩法は「歩き足」で継足ではないことです。それも平安初段の型の中によく
溶けています。
 鍛錬用の型は、単純であればあるほど養成しやすいので、太極の型でも習得可能です。
 私は臨闘型の手解きとして教わりました。

 
武器法
空手は基本的には素手の武術ですが、相手が武器を持って襲ってくるときは無理に素手で戦う
必要はありません。
 空手の格言にも「武器には武器で」という言葉があるそうです。

戦争に行くのに武器を持たないで行く人はいないでしょう。
戦闘行為は、武器を持って戦うのが本来の姿だと思います。

しかし、平時おいていつでも武器を携帯しているわけではなく、また、沖縄の場合は島津藩の禁
武政策の影響で、一般人が武器を携帯できないために、日常に使っているものが武器として使
われた経緯があります。

空手は本来、武器を使った動きと素手の動きをリンクさせてあるので、習得が合理的な方法に
なっているように思います。

試しに平安二段の分解を応用して、トンファでやってみてください。
 相手が木刀で面(斜め面)を打ってくるのに合わせて、上段揚受けで受け、前手のトンファを回
転させ相手の小手(指)を打ちます。
 これと同じ応用で釵でもできます。

ただ、最近は型と組手の動きがバラバラになってしまっているために、必ずしも武器法をセットで
練習するわけではないので、別物になってしまったようです。
 空手と琉球古武道は、両輪として習得していきたいものです。

 
空手に先手無し
船越義珍先生の空手道二十条の2番目に書かれてい言葉です。
 一般的には、「空手を学ぶものは粗暴な振る舞いをしてはならない」という道徳的な意味に取ら
れることが多いようです。
 しかし、技術的な見方をすれば、これは空手の戦闘法をよく現している言葉だと思います。

相手の攻撃を受けることによって、自分が安全な位置に立ち、交差法によって無防備の相手を
攻撃できるようになります。
 上段揚受けや平安二段の「アッパー+揚受け」のように、受けることによって、攻撃の幅が出て
きます。

 このような方法によって、体格差のハンディを克服することができるのです。体格の劣る日本人
が世界で戦うには、原点に帰るべきではないでしょうか。

 
使用部位
古伝の空手では、攻撃するための使用部位が多く伝えられています。
 中高一本拳、貫手、手刀、掌底、平拳など、それぞれに攻撃部位に対して効果的な使用部位
があったのですが、型分解と同様に、現代の空手では段々忘れ去られていているようです。
 特に型の中にも良く出てくる「貫手」なども、いい加減な伝説(相手の内臓をつかみ出す)は影を
潜めましたが、結局解らなくなりつつなっているのではないでしょうか。
 また、「掴み手」のコツもやられてみないとわからないものです。
 実はモノスゴーク痛いんです。(ToT

 
蹴りは低く掴んで行う
練習の時には高く揚げて良いのですが、実際には帯より下を蹴るのが効果的です。さらに、型
の分解を紐解くと多くの場合において「掴んで蹴る」という動作になっています。こうすると、「一
本足で立つ」という不安定な状況を克服することができ、また、相手を崩すことによって、相手に
反撃をさせないようにコントロールすることができます。
相手を掴むような接近戦では、視界を広く取ることができず、蹴りを防ぐことは困難になります。
昭和初期の「拳法空手」に出てくる蹴りの解説の殆どが「金的蹴り」でしたし、また、東大空手部
の防具付き組手では、前蹴りは金的カバーを蹴ることでポイントを取っていたようです。

 
投げ技、逆技
空手の一般的認識は突き蹴りの武術であり、二木三郎氏の「拳法概説」にも「投げ、逆などは唐
手にあらず」と定義していますが、型の分解を紐解くと「投げ技」「逆技」「対武器」の技法が存在
します。
殆どの場合、型の分解が明解でない為に忘れさられてきたようです。

船越義珍先生の初期の著作を読むとハッキリと写真入で紹介され、また、昭和30年代の8ミリ
には「投げ技」が明確に記録されています。

最近の総合格闘技において、テイクダウンして関節技、締め技が有効であることが証明されて
います。
空手の場合も、投げた後に突き蹴りで極める型が残されています。

更に興味深いのは、昭和初期の「唐手拳法」「空手道教範」には「短刀取り」「太刀取り」が紹介
されていることです。
そういえば、一般的に釵は対棒を想定した型が多い中で、摩文仁賢和先生が「対剣の釵の型」
を伝承していたのは、薩摩武士が仮想敵だったのでしょうか。
相手が剣を帯刀していれば、相手の利き手を制して投げるのが有効です。
空手が本来、型の中に内蔵していた投げ技も復元して残していきたいものです。

 つづく
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