武道技術上達論事始
 
習い始め
小学生の頃、父に「柔道体操」を教わりました。柔道体操とは、故富木賢治先生(開祖植芝盛平
より最初に8段を貰う)が合気道の動きを柔道原理で理解し、体操化(単独動作)して纏めたもの
です。この動きの応用変化で合気道の技ができるようになっています。現在では柔道体操とい
う、名称は姿を消してしまいましたが、合気道を合理的に学べるように体系化した業績は、高く評
価されています。

中学入学と同時に柔道を始めました。また、中学2年より松濤館流の空手と琉球古武道を習い
始めました。
確か中学生2年の頃だと思いましたが、南郷継正氏の「武道の科学」を読み、上達論に非常に
興味を持ったことを覚えています。
この頃、「空手バカ一代」の連載と、ブルース・リーの映画が大ヒットして、空手ブームが起きてい
ました。
 

友人の提案
 大学2年の時、仲のよかった同級生が「武道の名人達人の伝記を調べたい」といってきました。
平日は大学の空手部に所属していて、尚且つ土日はヨット部に所属していたので毎日が練習で
あり、友人の提案はしばらくの間、断りつづけていました。
 しかし、余りに熱心に言ってくるので、「じゃぁ、資料を集めるのだけなら一緒にやろう」ということ
になり、一緒にやることを引き受けました。


疑問点
 資料を集めるということは、買ってきた本などを一度は読むことになります。多くの本を読んでい
るうちに「共通項」があることに気がつきました。
 「なぜ名人達人は5〜6年くらいしか練習しいで免許皆伝なんだろう?」ということと「型稽古だけ
で強くなれるのか?」ということです。
 昔は現代のように情報が少ない状況で、食生活も違います。
 ただし、武士階級は雇用が安定しているので、練習だけすることが可能だったからできたのだろ
うかとも思いました。
 現代でも学生であれば、ほぼ似たような環境にあるので、「何かが違うんだ」ということをおぼろ
げに思っていました。
 

試行錯誤
 研究と言っても何から初めていいのかが解らず、とりあせず名人達人の練習内容と、自分達の
練習内容を比較検討をすることから入りました。
 また、南郷継正氏の武道上達に関する一連の著作も、大いに参考にさせてもらいました。
 友人が高校時代より弁証法に凝っていたために、南郷氏の著作の理解には友人のアドバイス
が非常に役にたったことは事実です。
 

上達論を解明する
ひょんな事から上達論の核心の部分である「基礎と基本」が解け始めました。それは数学の例題
からでした。そして、時系列的には、「基礎→基本→応用→変化」を解くことに成功しました。
 「解けたぁ♪」と喜んだのもつかの間で、「それじゃ習得する中身としての技術はどうなんだ?」と
いうことになり、上達論だけでは、正しい技術を理解することができないことにも気がつきました。
 技術論と上達論は別に研究しなければならなくなりました。ここで、上達論としての研究は一段落
しましたので「正しい技術とは何か」という新たなテーマに取り組み始めました。
 

技術の追求
空手だけでは、古流武術の修行過程の解明ができないと思い、また組み付かれた場合や、武器
を持った場合のことを考え、合気柔術、新陰流、武芸空手、スポ−ツチャンバラをやりました。

その過程で古流武術に「上達プログラムがある」ことや「技の原型」があること、がわかってきまし
た。
型がオープンルール(何でも有り)で有効であることも解ってきました。
スポーツチャンバラでは、新陰流の技が非常に役にたちました。
また、組手に替わる間合いなどの仕組みが解ってきました。
 

隠されていた空手
その後、技術の追求の過程で久保田紹山先生と知り合うことになりました。
 当時、大東流合気柔術の道場に客分としていらしていました。
 あの年で(失礼)、まだまだ武道の研究に余念がなく、大東流と共に新陰流の研究もなさってい
ました。
 船越先生の遺書の中で、事後を託した8人の内のお一人であるそうです。
 久保田先生が、船越義珍先生と摩文仁賢和先生から直接受け継いだ型は、私の想像を越えた
素晴らしいものでした。

今まで使用できないと思っていた空手の型は、実は使えないように改変されていたというショッキ
ングなことを聞かされ、実技と共に「型を解く為のキーワード」を教えて頂きました。
 面白いことに、この「キーワード(口伝)」を使うと殆どの型の理解ができてしまうことです。
 

20年間の沈黙
久保田先生より大方の型の分解と口伝を習いましたが、当時すでに社会人として忙しい身であり
ましたし、兄弟子がいるらしいことがわかっていましたので、将来暇になったときにまとめようと思
っていました。
同じようなことはどこかに伝承があって、いつか誰かが公開するだろうとも思っていました。

しかし、それから20年経ち、数年前(平成6年)に師も亡くなりましたが、未だに空手の型の解釈
で納得がいくものが公開されていません。 兄弟子も自流を起こされ、型を捨ててしまったようであ
ります。

中国拳法などは、今まで秘伝とされていたものが次々とビデオなどで公開されて来ていますが、
空手に関しては指定型の単独演武の手順を解説したものしかありません。
首里手系の用法について、納得いくように解説された本は未だにないのです。

 また、指定型の本の写真をみると昔見たような型ではなく、明らかに居着いた形に変化してきて
います。
これは、「型試合」による弊害とも感じました。
 技の用法を抜きにして様式美を競うことになったので、流祖の型とは似ても似つかないものにな
ったように思えます。

空手界もこの20年で大きく変化してきました。
 極真会館に代表されるフルコンルールも、K-1の台頭で上段に対する対処の欠点が露呈してき
ました。各地で色々なルールの大会が開かれるようになり、空手界は百花繚乱の様相になってき
ました。
その中で古流武術の技術が、再び注目を集めるようになってきているように思われます。


同志への技術の公開
20年の沈黙の後に、たまたまインターネット上で知り合った仲間に「武道技術上達論」と「型の分
解組手」を公開してみたところ、大きな反響がありました。
 特に究源塾では、使える型の研究を積極的にされていましたので、私の解説する分解組手を生
徒にしてもらって、実験報告を書いていただいております。他の仲間からも、積極的に実験報告
をBBSの投稿やメールで頂き、大変助かっています。
私達にとってインターネットは、大変役に立つツールです。


公開の方法
ここで他の技術の公開方法と違うのは、自分の弟子に対して掛ける技を公開しているのではな
く、他の流派や他の道場において分解組手を実験してもらい、その実験報告をBBSなどに投稿
してもらって、それについて皆で議論するというカタチを取らせて頂きました。

第一に私自身が定期的に時間をとれないこと。
 自分が道場をもって、弟子をとって教授する時間がなく、このままでは折角、久保田先生にから
教えていただいた技術が失伝してしまう可能性がでてきたので、別の方法で技術を誰かに伝え
なければならなくなりました。

第二に自画自賛ではなく、他人に評価をゆだねるということ。
 これは、使えない技術であれば、まったく相手にされないという厳しい現実と直面し、今まで習得
した技術が世の中にどれだけ受け入れられるかテストをする必要があると考えました。まったく、
相手にされないのであれば、この研究はそのままお倉入りにしようと思っていました。

幸いなことに公開当初から反響があり、多くの激励を頂くことが出来ました。それも同門は言うに
及ばす、他流派の空手を習っている人や、他の武道をやられている方からも励ましのお便りをい
ただきました。
 この場を借りてお礼を申し上げます。

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